吉良家の菩提寺、華蔵寺 参拝

すっかり投稿をサボってしまい約2ヶ月ぶりの投稿になります。

最近は、この業界も仕事が少なくて苦しく・・・弊社でも重苦しい雰囲気が漂っております(笑)

この業界の方とお話しすることも多々ありますが、どちらも斜陽的に仕事量が激減して苦しんでおられるようです。

そんな中でも目一杯元気を出して、日々あちらこちらをウロウロさせて頂いております。

現在、漆を塗る職人が二人しかいないこともあり、幣社内では漆の仕上がりを待つ渋滞が起こっており、納期に影響の出ていることもありご迷惑をおかけしていることが多々ございます。できる限り丁寧な仕事をさせて頂きたいので、お待ちになっておられるお客様におかれましてはご迷惑をおかけしておりますが今しばらくご辛抱賜りますようお願いを申し上げます。

さて先日、愛知県西尾市に用事がありお邪魔しておりました。

時間に余裕ができたので、忠臣蔵の悪役で有名な吉良上野介の墓所もある吉良家菩提寺「華蔵寺(臨済宗)」に立ち寄り参拝させていただきました。

普通、「忠臣蔵」とか「赤穂四十七士」とか言っておりますが、吉良家の領内では「元禄事件」と称していることを初めて知りました。

吉良上野介は、水害の多い領内の堤防を整備したりと地元では名君として皆に親しまれており、テレビで見る悪役のイメージからは程遠い優しい領民思いの吉良上野介の姿をうかがい知ることができました。吉良の町も上野介を称える碑などがあちらこちらにありました。

普段、忠臣蔵と赤穂側に立った目線で見ておりましたが、元禄事件という負けた側の視点で歴史を見ることのできる貴重な時間でした。

歴史には二面性があります。通常は勝者の目線で語られることがほとんどかと思います。その勝者の視点から歴史を学んできたといってもいいのではないでしょうか。

弊社の支店のある山口県(長州)では、今年・・・明治維新150年と盛り上がっておりますが、会津など戊辰戦争150年と言っているとも聞きました。戊辰戦争で負けた会津ではその慰霊の節目の年として今年を迎えているようです。

同じ論理が、忠臣蔵(元禄事件)でも成り立っているわけで、短い華蔵寺での滞在でしたが歴史というものに対して考えさせられる一日となりました。ご案内いただいた華蔵寺さまには心より御礼申し上げます。

吉良家の菩提寺、華蔵寺 参拝